虚言ネットワーク

※このブログはフィクションです

駆け抜けて日常 #10

相談を持ち掛けてくる相手は、話しかけている相手のことを見えているのかどうか。

「どうやって別れたの?」

彼女に別れを切り出そうとする友人からの相談。なぜ私に?ああ、最近(そんな最近でもないけどな…)別れた知人に該当したのが私だったって、それだけのことか。

「そんなもんさ、自分の思ったことをちゃんと伝えてあげればいいでしょうよ。」

「多分だけど、相手はもう少し真剣に話し合いたいと思っているんじゃないの?」

自分が出来なかった…今もできるか分からないようなことを今の彼にならドンドン言えてしまう自分が末恐ろしい。多分だが、最良の判断を人は求めてしまうわけで…その判断に付き纏う責任を何かしらと、誰かしらと分け合いたいという気持ちが働くのかもしれない。彼の見据える未来に彼女も僕も今は見えていないのだと思う。

「まあ、なんとか別れを切り出してみるよ。彼女の家にあった荷物ってどうやって持ち帰ったの?」

人というヤツは…まったく。

世を偲ぶ化け物同士は、日陰でひっそり手を繋いで生きていくしかないのかもしれない。そんな彼の手にはじっとりとした汗が含まれていたような…そんな気がした。

駆け抜けて日常 #9

別れは突然やってくる。

「久しぶり。元気かい?俺、地元で就職することにしたわ。」

東京で出会った友達は散り散りになっていく。ある友人は田舎の山村での生活を選んだ。またある友人は周囲の反対を押し切り、海外へ。皆の気持ちを受け止め切れるほど東京は広くないらしい。

「そういえば、シソンヌの単独DVD買った?」

「大豆田とわ子と三人の元夫の角ちゃん、めちゃくちゃ良いよね。伊藤沙莉のナレーションも良い。」

友人とのくだらない話をチャットでやりとりすることが当たり前になってしまった。大人になっても夜中にファミレスに集まってそんな話をし続けているような、そんな大人になっていると思っていた。ご時世なのか、単にそんな大人にはなれなかったのか。答えは判らないが、真っ当な人間になれないような予感は正直どこかにあったような気がする。何が真っ当で何が真っ当ではないか…そんなことはどうでもいい。

「地元に帰ったら、もうみんなとはしばらく会えないだろうからさ…」

そんなことないよ、また集まろう…とは言えなかった。もしかすると、今後会わないまま死んでいくという未来の方がよっぽどリアルな気がしてならなかったからかもしれない。月日の中で忘れ去ってしまった人々が、私には沢山いるのかもしれない。

「人は、二回死ぬんです。実態がなくなってから、皆んなに思い出してもらえなくなった日が二度目の命日です。」

中学校の担任が黒板を背にして言った言葉。少し埃っぽい言葉かもしれないが、友人とやりとりをしながら見つめる画面の奥に、屍が積み上げられた…そんな景色を呼び起こしたのには、先生の影があったからかもしれない。

さようなら、死なないでおくれよ。

 

駆け抜けて日常 #8

久々にギャラリーに足を運んでみた。

ある世界の新人、その世界のこれからを担うかもしれない人々の作品を鑑賞すると、軽い動悸のような…それが何を意味するかは判らないが…そんな症状を覚えることがあった。

「気持ちを強く持って…!」そんな声がする。

こんなご時世、一つの作品に魅了されて群がることすら拒絶される訳で、整理番号をスタッフが配布し、順番で鑑賞するというスタイルらしい。

「八番の札をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

ガラス越しに見える作品に早くも動悸のような症状を訴える身体。ロビーが病院の待合室に思えてならなかった。

自分の順番が来て、作品を眺める。同じタイミングで入った人がスルスルと進んでいく中、ゆっくりと鑑賞してしまう私はのろまである。昔から片付けや準備が終わるのも最後であったし、自分がのろまであることに気付いて早めに動き出すことを覚えたとしても、自分のペースそのものを上げることは不可能であった。

そんなことを考えていると、作品とピントが全く合っていないこと、同じタイミングで入った人が作品を鑑賞し終えていたこと、そんなことにハッとさせられた。多分、私はこれからもそうであろう。

奥のブースで、一口ばかりの寄付を催促された。今は展示会を開催するのも一苦労らしい。まあ、どこに渡るかも判らないコンビニのレジの横にある募金箱なんか(ちゃんとどこに渡るか調べる気もない自分は棚に上げて)よりは明瞭で、気持ちが良い。「お気持ち」を渡すと、署名を求められた。署名をしてから気付いたことであるのだが、私の氏名を書く欄の一つ上の欄、そこに書いてある氏名が一文字も読み取れないくらいの達筆(達者が故か、筆が滑るが故か…)であった。丁寧に紙の上で名乗った自分が少し恥ずかしい。私が深々と一礼している間に隣の彼はもうそこにはいない。そんな気分だった。

私はやはり、のろまらしい。

 

駆け抜けて日常 #7

I remember
How the darkness doubled
I recall,Lightning struck itself
I was listening
Listening to the rain
I was hearing
Hearing something else

 

覚えているよ、どんな風に暗闇が増幅していったか

思い出すよ、我を貫いた稲妻を

ただただ、雨音を聴いていた

ただただ、何かが聞こえていた

 


Life in the hive puckered up my night
A kiss of death, the embrace of life
Well, there I stand ‘neath the Marquee Moon
Just waiting

 

蜂の巣での日々は来る夜を畏縮させてしまう

死のキス、命の抱擁

待ちぼうけしても待っているよ

あの月の下で

 


I spoke
To a man down at the tracks
And I ask him
How he don’t go mad
He said “Look here, Junior
Don’t you be so happy
And for Heaven’s sake
Don’t you be so sad.”

 

あの道端で男を言い負かしてやった

どうしてアイツは怒ってないのか、そう尋ねる

「そこの若いの、幸せにはなりたくないのか?

頼むから、そんなに悲観しすぎるなよ」

そう答えた

 

 

Life in the hive puckered up my night
A kiss of death, the embrace of life
Well, there I stand ‘neath the Marquee Moon
Hesitating
 

蜂の巣での日々は来る夜を畏縮させてしまう

死のキス、命の抱擁

待ちぼうけしてどうすればいいのか

あの月の下で


Well, the Cadillac
It pulled out of the graveyard
Pulled up to me
All they said, “Get in”
“Get in.”
Then the Cadillac
It puttered back into the graveyard
Me
I got out again

 

墓地から引き上がってきたキャデラックさ

揃いも揃って「乗れよ、乗れよ」と言ってきたのさ

そのキャデラックは墓地へと引き下がっていく

だからまた降りたのさ


Life in the hive puckered up my night
A kiss of death, the embrace of life
Over there I stand ‘neath the Marquee Moon
I ain’t waitin’

 

蜂の巣での日々は来る夜を畏縮させてしまう 

死のキス、命の抱擁

待ちぼうけなんてもうやめたよ

あの月の下で


I remember
How the darkness doubled
I recall
Lightning struck itself
I was listening
Listening to the rain
I was hearing
Hearing something else

 

覚えているよ、どんな風に暗闇が増幅していったか

思い出すよ、我を貫いた稲妻を

ただただ、雨音を聴いていた

ただただ、何かが聞こえていた

 

Television-Marquee Moon

 

駆け抜けて日常 #6

「履き慣れていなくて、靴擦れしちゃう靴ならば、捨ててしまいましょう。履き慣れていないのは、あなたがちゃんと履いてあげていないからでしょう?と思ったでしょう。でも、何で履き慣れていないのか。それはその靴に愛着がないからなのです。私もあります。運命だと思っていたら、次の日になると何かが思い出せないくらいの感じでその場にいるんですよ。何の話かって?靴の話ですよ。そんなに捨てきれないのならば、まずは一足手放すんですよ。捨てろとは言いません。下駄箱の中で別の段に押し込めてやるんです。そうすると、彼等が寂しそうな顔をしてコッチを見てくるんです。でも、そんな彼等のことすら思い出さなくなるような日がすぐに来ます。意図的に忘れようと思っても忘れないものは好きでしょうから、手放さないように尽力するでしょうし、するべきです。靴の話ですよ。だから、そんな靴はもう要らないと思うんです。靴はひとりでに歩いていくことはないんです、歩くための靴なのに。」

そのように説く彼の顔をはっきりとは覚えていないが、靴の踵を踏み潰していた。それだけは覚えている。

駆け抜けて日常 #5

自分らしさを他人に強要してしまったのかもしれない。

ある人の話を聞いていて、全く納得が出来なかった。この腑に落ちない感情は大概にして一過性のモノであることは理解していたとしても、物申したくなる。とりわけ、自分のことに関しては。

友達から借りたカメラを、我が物のように構える。レンズ越しの被写体は笑っている。多分、私にとってこの行為には全く意味がない。意味のないことなんてないんだよ、と誰かに言われたとしても意味がないという自覚があるのだから、その問いかけにも無論、意味がない。このやりとりに意味を見出すことから会話が始まるというのに。時折、自分が創作意欲に溢れた人間であるという風に暗示したくなる。意味はないと解っているのに。総括すると、私は自己対話の権化である。まばたきのテンポでシャッターを切る。上手に撮れていたかどうかは確認すらしていない。

感情というモノは、折り合いがつかない。すぐにイライラしてしまう私なんかまさにその典型で、帰り道に野良猫が徘徊しているであろう路地に草を貪り彷徨うことなんかしょっちゅうである。自分の才能のなさを忘れ、自分よりもか弱きモノに愛を注いだフリをすることで何とかバランスを保っている人間のうちの一人である。

気がつくと、か弱きモノは向こうへと走り去っていた。猫のいない路地裏に背を向け屈む一人の男。遠くから眺めれば哀愁たっぷりのワンカットかもしれないが、カメラを回している人間などいない以上は自身でその余白を塗り潰していくほか無い。

向こうで猫がケンカをしているようだ。毎日をまったりと過ごす(過ごしているように見えると言う方が的確か…)彼等にとっての青春は縄張りの中で完結する。あの海の向こうにも沢山の陣地があることを彼等は知らない。向こうは向こうで向こうの猫が縄張り争いをしているだろうから、新規参入は難しいか。あれ…?やっていることは私たちも大して変わらないのではないか…?明日はまったりと過ごそうと決心する。

その明日になると、あの感情はもうどこかへ行ってしまったのか…?何で私はあんなにも振り回されていたのか…?と、不思議なくらいに昨日の自分を見失ってしまう。そして、昨日与えられた指針に基づく今日に恐怖を覚えてくる。

これが生活。

駆け抜けて日常 #4

たまに、ドライブをしたくなる。

車を持たずとも生きていける都会は何だかんだで便利である。その都会で生きる私は、移動手段として生まれた車に乗る為にわざわざ家から移動し、目的もなく走る訳だから、どうしようもない。それに拍車を掛けるのはこのご時世。あんまり遠出をしてもアレなので、都内を駆け巡りながらも、ほとんどの時間を狭い車内で過ごした。

「最近、家で過ごす時間が増えたから、レコードプレイヤーを買ったわ。」

「そういえば、あそこの喫茶店、潰れてたな。」

「この間、彼女と喧嘩した。」

 

運転の片手間…ハンドルを両手でしっかり握る私…ということで色々なハードルが下がっているのを言いことに、取り留めのない話を沢山された。多分、彼にとって久しぶりの会話だったのではないだろうか。彼はおそらく、微笑んでいた。

方や運転手の私…人の目を見て会話する…義務教育で教えることすら違和感のあるコミュニケーションが苦手であるらしい。両者の利害が…真っ白なマーチの中で…図らずとも一致し、とても心地良い時間であった。

色々と思い返して気持ち悪い瞬間を挙げるとするならば…昼食はモスバーガーを車内で、ということくらいか。

「オニポテ頂戴よ。」

「運転しながらポテト食べたら、ハンドルがギトギトになるぞ。」

「じゃあ、食わせてくれよ。」

「やだよ!何でオマエにあ〜んをしなきゃいけないんだよ。」

 

車窓から見上げるビル群では、オトナたちが働き詰めているらしい。私たちはほどほどに、大人しくしているべきかもしれない…オニオンリングを頬張りながら、そんなことを考える頭を放棄した平日の昼下がり。

車を預けた帰りに公園でビールを飲んだ。久しぶりに誰かと缶をぶつけ合った気がする。

「お疲れ様でした!」

借りた車で往来して、お疲れ様です…?向こうを見てみろよ。スーツを着たオトナが疲れた顔して歩いていくよ。よっぽどお疲れ様じゃないか。向こうを見てみろよ。子供達がマスク付けながら苦しそうに走り回っているよ。よっぽどお疲れ様じゃないか、という言葉をビールで流し込んだ。

 

私達は、何かしらで労い合いたかったのかもしれない。