虚言ネットワーク

※このブログはフィクションです

駆け抜けて日常 #3

思い出の品々を旅に出した。

まあ、修繕に出しただけなのでいずれ帰ってくると分かっていても少しソワソワする。彼等をダイジョーブ博士のような一か八かに身を投じさせてしまったのか、はたまたドクター・ドリトルみたいな人にかかることになっているのか…私は担当医の顔を知らない事による一抹の不安を抱いていた。今は彼等…まあ、説明をしておくと修繕に出したのはリーバイス501、通称(私が勝手に呼んでいるだけ)大学デニムとニューバランス990の二つ…のことで頭がいっぱいである。

ニューバランスはつま先にガタが来た。今まで美しいつま先になんか目もくれなかったのに、傷のあるつま先は愛せないという、私の全てを物語るようなソレである。彼は早急に担架で運ぶとして、問題は大学デニムである。大学入学時に購入して四年間の苦楽を共にしたデニムの股間に大きな穴が空いていた。この子には色々とお世話になった訳なのだが、股間に穴が空いていると気付いたのが最近であっただけで、もしかすると在学時から小さな穴は空いていた可能性もある。

「ごめん、ちょっとそこにあるカッター取ってくれない?」

と、言っていた冬の製図室、私の股間に穴。

「じゃんけんで勝った人がコーヒー奢り!」

と、言っていた私の股間に穴。

「何だかんだ色々あったけど、今まで本当にありがとうな…」

と、穴。

やること全てを包んでくれていた空気感を無にする程の失態と共にここまでやってきたのか…と、少々恐ろしくもなったのだが、かつての日常を思い出させてくれたという意味でこの穴はブラックホールというよりホワイトホールとしておきたい所。しかし、このホワイトホールの実在を認めてしまう日には、このデニムと日常との決別を意味する。作業着として誕生したデニムが、私の思い出のみを吐き出す装置になってしまうのは勿体ない気もするので、閉口することに。

果たして、彼等は無事に帰ってくるのだろうか。

 

そばにいない時の方が、彼等のことを考えている気がする。

 

駆け抜けて日常 #2

不可思議な夢を見た。

街の外れの川沿いで、タクシーを拾おうとすると向こう岸から小さな灯りが一つ。オンボロでアンバランスな蛇行タクシーが川を横断してやってきた。

「お客さん、どちらまで…?」

そう尋ねてきたのは人生八合目、といった感じで愛想を見事に飼い慣ならした女性であった。それ以上に驚きであったのは助手席には成れの果ても成れの果て、スーツというよりも背広、ネクタイよりも襟締と言いたくなる風貌のオヤジがビールを片手に乗り込んでいたことだ。途端に車内が居酒屋の匂いでいっぱいになる。酩酊状態のオヤジは私に見向きもせずにドライバーの女性に話しかける。

「ママは相変わらず運転がヘタクソだよね。さっき陸に上がった時にビール座席にこぼしちゃった。」

「ちょっと、なにやってるの!後で一緒に掃除だからね!」

「おい、こっちはお客さんだぞ!店をちゃんと綺麗に掃除するのもママの仕事だろ。」

「ここは店じゃないんですよ!タクシーなんですよ。」

「あ、救急車のサイレン!」

 

多分、彼等に私は見えていない。場末のスナックの風景が車内に。なんとなく彼等の会話は一生聞いていられる類であったのがまた憎たらしい。その時は何故オヤジが助手席にいる状態で私が同乗したのか、そしてその光景をすんなり受け入れて目的地まで向かったのかもよく覚えていないけれど、その理不尽さを受け入れられるくらいに、二人のやりとりは可愛らしいモノだった。運賃にお釣りが出た喜びたるや…

目的地についてからの記憶はあまりない。というか不意に目が覚めただけであるのだが。

 

こんな…「ラッシュの石鹸の香りは意外とキツくて受け付けないんですよ〜」と聞いてもいないことを嘆くOLのブラウスにソースのしみが付いている不憫さ、の次点にランクインする位には…どうでも良いことを思い出したのは、街でタクシーを拾ったからに他ならないのだが、現実で私が乗り込んだタクシーのドライバーはドライバーになる為に存在しているような男性で、道中は寡黙も寡黙、道について尋ねられることも、(私は世界で一番無駄な時間だと認識している)客の身辺調査も行ってこなかった。そんなタクシードライバーの鑑のような彼に、今日ばかりは勝手な逆恨みをしてしまった。コレは偏に私の見た夢が素敵すぎたからである。一人の男の夢が現実を傷物にしたらしい。強いて勝手ではない点を一つ挙げるとすれば、キャッシュレスでの支払いが多い昨今、私が現金で支払おうとした際に軽い舌打ちの様な音が聞こえたような…聞こえなかったような…というくらい。

「ちっ…コイツ現金かよ…」

 

寡黙な人ほど、内心ではお喋りだったりする。

 

駆け抜けて日常 #1

日常に転がる些細なことに目を向けることを疎かにしがちであることをどうにかしたい。基本的に自分の感性というモノをそこまで信用していないので、多分もっと素敵なストーリーテラーがいるのであろうが、私しか目撃者が居ないのだから仕方ない。立ち上がれ…!しかし、今日明日で何かが変わるとは思えないので、ちょとずつ積み重ねていくことにする。何が言いたいかというと、ほぼ毎日何かしらを書きたい。この試みは完全に友人の影響であるのだが、こっちとあっちは少し分断された世界。日本から泳いでアフリカに辿り着く程ではないけれども、本来あっちとこっちは地続きであることが希薄に感じることがあるので、あっちでの影響をこっちに波及させてみようってワケ。

 

久々に幼馴染と連絡を取った。生年月日が一致した人物がひと学年三十人弱のど田舎学級に三人(幼馴染の彼は双子で、姉がいる)も。コレは奇跡である。私はよく分からない結びつきに運命を感じる節がある。コレは今も変わらない。彼の影響で部活動を始め、なんだかんだで高校までやった。彼の影響でスパイダーマンにどハマりした。一緒に夜の小学校にも侵入したっけか。今思うと金魚のフン状態ではあるのだが、彼もそこまで嫌そうではなかった気がする。

そんな彼は、私が上京して間もなく東京に通いつめることになる。結論から先に言うとタトゥーを入れたかったらしい。私が東京初心者ながら様々なところを案内するのを意にも介さずに、

「17時にまたここら辺で。」

と言って消えていく。東京でここらへん、という待ち合わせを提案してくる人はまあいないので、その無骨さに一人でときめいたりもしていたのだが、17時になるとその無骨さを体現したさの有り余り、ザ・無骨を右腕に。たしか、ピストルとダイスのタトゥーだった気がする。

「何でそれにしたの?」

と問いかけると、

「なんとなく、カッコよかったから…」

と。デザインはともかく、彼自身のことをめちゃくちゃダサく思えてきたのを覚えている。

 

そして連絡というのが、また新たなタトゥーを右腕に入れたというものであった。どんなもんじゃい、と画像を送ってもらうとツラツラとフランス語の文章が書かれていた。

「何か意味があるの?」

と、無駄だと思ったが問うてみると

「コレは俺たちが生まれた1997年に死去したジャンヌ・カルマンの生まれ変わりであるという証明みたいなもので…」

と割り方ちゃんとしていそうな説明を始めた。フレンチ・タトゥーの横に申し訳なさそうに並ぶピストルとダイス。彼等に申し訳ないと思わないのか…!彼の今日ここに至るまでを考えると、新しいタトゥーの方がより滑稽に思えてならなかった。

 

若気の至りのタトゥーも考えものだが、思想が色濃く反映されたタトゥーもそれはそれで考えものである。