虚言ネットワーク

※このブログはフィクションです

駆け抜けて日常 #2

不可思議な夢を見た。

街の外れの川沿いで、タクシーを拾おうとすると向こう岸から小さな灯りが一つ。オンボロでアンバランスな蛇行タクシーが川を横断してやってきた。

「お客さん、どちらまで…?」

そう尋ねてきたのは人生八合目、といった感じで愛想を見事に飼い慣ならした女性であった。それ以上に驚きであったのは助手席には成れの果ても成れの果て、スーツというよりも背広、ネクタイよりも襟締と言いたくなる風貌のオヤジがビールを片手に乗り込んでいたことだ。途端に車内が居酒屋の匂いでいっぱいになる。酩酊状態のオヤジは私に見向きもせずにドライバーの女性に話しかける。

「ママは相変わらず運転がヘタクソだよね。さっき陸に上がった時にビール座席にこぼしちゃった。」

「ちょっと、なにやってるの!後で一緒に掃除だからね!」

「おい、こっちはお客さんだぞ!店をちゃんと綺麗に掃除するのもママの仕事だろ。」

「ここは店じゃないんですよ!タクシーなんですよ。」

「あ、救急車のサイレン!」

 

多分、彼等に私は見えていない。場末のスナックの風景が車内に。なんとなく彼等の会話は一生聞いていられる類であったのがまた憎たらしい。その時は何故オヤジが助手席にいる状態で私が同乗したのか、そしてその光景をすんなり受け入れて目的地まで向かったのかもよく覚えていないけれど、その理不尽さを受け入れられるくらいに、二人のやりとりは可愛らしいモノだった。運賃にお釣りが出た喜びたるや…

目的地についてからの記憶はあまりない。というか不意に目が覚めただけであるのだが。

 

こんな…「ラッシュの石鹸の香りは意外とキツくて受け付けないんですよ〜」と聞いてもいないことを嘆くOLのブラウスにソースのしみが付いている不憫さ、の次点にランクインする位には…どうでも良いことを思い出したのは、街でタクシーを拾ったからに他ならないのだが、現実で私が乗り込んだタクシーのドライバーはドライバーになる為に存在しているような男性で、道中は寡黙も寡黙、道について尋ねられることも、(私は世界で一番無駄な時間だと認識している)客の身辺調査も行ってこなかった。そんなタクシードライバーの鑑のような彼に、今日ばかりは勝手な逆恨みをしてしまった。コレは偏に私の見た夢が素敵すぎたからである。一人の男の夢が現実を傷物にしたらしい。強いて勝手ではない点を一つ挙げるとすれば、キャッシュレスでの支払いが多い昨今、私が現金で支払おうとした際に軽い舌打ちの様な音が聞こえたような…聞こえなかったような…というくらい。

「ちっ…コイツ現金かよ…」

 

寡黙な人ほど、内心ではお喋りだったりする。