虚言ネットワーク

※このブログはフィクションです

駆け抜けて日常 #3

思い出の品々を旅に出した。

まあ、修繕に出しただけなのでいずれ帰ってくると分かっていても少しソワソワする。彼等をダイジョーブ博士のような一か八かに身を投じさせてしまったのか、はたまたドクター・ドリトルみたいな人にかかることになっているのか…私は担当医の顔を知らない事による一抹の不安を抱いていた。今は彼等…まあ、説明をしておくと修繕に出したのはリーバイス501、通称(私が勝手に呼んでいるだけ)大学デニムとニューバランス990の二つ…のことで頭がいっぱいである。

ニューバランスはつま先にガタが来た。今まで美しいつま先になんか目もくれなかったのに、傷のあるつま先は愛せないという、私の全てを物語るようなソレである。彼は早急に担架で運ぶとして、問題は大学デニムである。大学入学時に購入して四年間の苦楽を共にしたデニムの股間に大きな穴が空いていた。この子には色々とお世話になった訳なのだが、股間に穴が空いていると気付いたのが最近であっただけで、もしかすると在学時から小さな穴は空いていた可能性もある。

「ごめん、ちょっとそこにあるカッター取ってくれない?」

と、言っていた冬の製図室、私の股間に穴。

「じゃんけんで勝った人がコーヒー奢り!」

と、言っていた私の股間に穴。

「何だかんだ色々あったけど、今まで本当にありがとうな…」

と、穴。

やること全てを包んでくれていた空気感を無にする程の失態と共にここまでやってきたのか…と、少々恐ろしくもなったのだが、かつての日常を思い出させてくれたという意味でこの穴はブラックホールというよりホワイトホールとしておきたい所。しかし、このホワイトホールの実在を認めてしまう日には、このデニムと日常との決別を意味する。作業着として誕生したデニムが、私の思い出のみを吐き出す装置になってしまうのは勿体ない気もするので、閉口することに。

果たして、彼等は無事に帰ってくるのだろうか。

 

そばにいない時の方が、彼等のことを考えている気がする。